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【人間】昭和時代のエピソード 一覧

<超速ニュース>

昭和時代とは 昭和32年(1957年)

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昭和32年

ダイエーの1号店「主婦の店ダイエー」が開店しました。その後、ダイエーは高度成長期の波に乗って急成長をとげることになります。当時は、スーパーマーケットはありません。野菜は八百屋さん、魚は魚屋さん、肉は肉屋さんに買いに行きます。そこに、スーパー「主婦の店ダイエー」が登場し、日本商店文化に変化を与えていきました。

また、日本コカ・コーラが設立され、日本でもコカ・コーラが販売されるようになりました。当時の日本では炭酸飲料と言えばサイダーでしたが、そこに真っ黒な飲み物が米国からやってきました。始めてコカ・コーラを飲んだときは、薬臭いような強烈な味に、まずいと思いましたね。まさか日本でこんなに受け入れられるとは、驚きです。

そして、軽三輪自動車ミゼットの登場です。自動車とは言えオートバイ感覚で運転でき、小回りがきいてとても使いやすい車だったと思います。ただ、タイヤが3つ(前輪1つ、後輪2つ)で、4輪自動車に比べてやや不安定なところがあり、現在は三輪自動車は消滅しています。本当に懐かしい昭和の自動車です。

歌謡曲は、三波春夫の「船方さんよ」、石原裕次郎の「錆びたナイフ」、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」、美空ひばりの「港町十三番地」などがヒットしました。

洋画では、第二次大戦を背景に戦争の愚かさと人間の尊厳を描き出した名作「戦場にかける橋」が公開されています。

主な出来事

出典 http://nendai-ryuukou.com/1950/1957.html

  • ロカビリーブームでジャズ喫茶がロカビリー喫茶に衣替え
  • ドライブ・クラブが全国で400社を超え ドライブブームが高まる
  • サイクリングブーム
  • 岸信介内閣が成立
  • 五千円紙幣(聖徳太子の肖像)、百円硬貨発行発行
  • 熱海にモーテル第1号登場
  • 大阪のそごうが東京・有楽町に進出
  • ダイエーの一号店「主婦の店ダイエー」が開店
  • ホッピングが大流行
  • 日本初の本格的地下街「名古屋地下街」開業
  • 上野動物園に日本初のモノレールが開通
  • 国産ロケット1号機「カッパー4C型」の打ち上げ成功
  • 日本コカ・コーラ設立
  • 諫早豪雨(死者856名)
  • 日本最初の原子炉JRR-1が臨界に達する

昭和時代とは 昭和31年(1956年)

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昭和31年

官公庁の中で一番お世話になっている「気象庁」が発足した年です。自動車損害賠償責任保険の強制加入も実施されました。

昭和30年のところで、電気洗濯機に、洗濯物の水分を絞りだすためのローラーが付いているという話をしましたが、昭和31年には脱水装置付洗濯機が発売されました。電気メーカーの技術者もローラーで絞るのは安易な発想だと思ったのでしょうか。実際、ボタンがついているシャツなどをローラーで絞るときは、ちょっと問題がありました。

また、セイコーの自動巻腕時計が発売されました。画期的な商品です。何しろ当時の腕時計はゼンマイ仕掛けですから、時々ネジまきをしないと時計が止まってしまいます。ところが、この自動巻は、腕時計をつけて手を振って歩いていると自動的にネジまきされる仕組みになっています。ちなみに、電池式の腕時計が発売されるのは、まだまだ先のことです。

テトラパック入り牛乳もこの年に発売されました。懐かしいですね。ご存知でしょうか。立体型三角形とでも言いましょうか。下の写真を見てください。

出典 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

バブル以前の頃、学校給食に多く利用されていたので、ある年齢以上の方なら多分ご存知の方が多いと思います。...

歌謡曲では、大津美子の「ここに幸あり」、曽根史郎の「若いお巡りさん」、三橋美智也の「リンゴ村から」「哀愁列車」、ラジオ体操の歌などがヒットしたようです。

洋画では、オードリー・ヘプバーン、ヘンリー・フォンダが出演した「戦争と平和」が公開されました。

主な出来事

出典 http://nendai-ryuukou.com/1950/1956.html

  • 猪谷千春が銀メダル(冬季五輪で日本初のメダル)
  • 日本が国際連合に加盟
  • 映画館新築ブーム
  • 池袋に西武,東武,三越などデパートラッシュ
  • 第1回中山グランプリ(’57 年から有馬記念競走) 開催
  • 自動車損害賠償責任保険の強制加入実施
  • 気象庁が発足
  • 日本の横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市の5市が初の政令指定都市となる
  • 日本で出版社では初の週刊誌となる「週刊新潮」が創刊
  • 日本で初の人工心肺を用いた開心術成功
  • 第1回世界柔道選手権大会が東京の蔵前国技館で開催

昭和時代とは 昭和30年(1955年)

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昭和30年

電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが「三種の神器」と呼ばれるようになりますが、この年に3つが揃っている家は殆どなかったと思います。揃っているのは、お金持ちだけです。

電気洗濯機ですが脱水機能や乾燥機能はありません。ただ、ビショビショに濡れた洗濯物の水分を絞りとる装置が付いていました。それは、2本のローラーのわずかな隙間に洗濯物を通して絞る装置です。2本のローラーは連動しているハンドルを回すと回転します。非常に原始的な仕組みですが、手で絞るより楽に絞ることができるので、当時としては、役に立ったと思います。

テレビですが、真空管、ブラウン管のテレビです。若い人は何のこと分かりませんね。まず、スイッチを入れても直ぐに映像は映りません。ブラウン管が温まるまで映らないのです。もちろん、白黒テレビですよ。カラーテレビの登場はまだ先です。更に特徴的なのは、チャンネルが回転式で丸い形をしています。このチャンネルを手で回して、番組・放送局を切り替えます。リモコンはありません。このチャンネルですが、毎日使っていると緩みがでてきて、接触不良により映像が乱れます。そこで、チャンネルの隙間にマッチ棒を突っ込んで緩まないように固定します。微妙なテクニックが必要です。ちなみに、ビデオ装置はありませんので、放送時間に見逃すと、二度と見直すことはできません。

殺虫剤のキンチョールやアーモンドグリコが発売されたのもこの年のようです。

歌謡曲は、鈴木三重子の「南国土佐を後にして」、春日八郎の「別れの一本杉」、菅原都々子の「月がとっても青いから」などがヒットしたようです。

洋画では、ジェームズ・ディーン主演の「エデンの東」がヒットした年です。そのジェームス・ディーンですが、1955年9月30日、交通事故で即死、享年24歳でした。スターの座に居たのは、わずか1年でした。

出典 http://nendai-ryuukou.com/1950/1955.html

主な出来事
  • 電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが「三種の神器」と呼ばれる
  • 日本初の「トランジスタラジオ」を発売
  • 少年の自殺相次ぐ
  • 成人向映画、指定始まる
  • 広辞苑初版発行
  • 後楽園遊園地がオープン(日本初の本格的ジェットコースター)
  • 1円硬貨発行、50円硬貨発行
  • ラジオ東京テレビ開局(後のTBSテレビ)
  • 東京国際空港(羽田空港)の先代のターミナルビルが開館
  • 鈴木自動車工業が自社初の軽自動車「スズライト」を発売
  • 日本電信電話公社が料金前納式の公衆電話機を発売

昭和時代とは 昭和29年(1954年)

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昭和29年

この年は、プロレスブーム。いやその後もプロレスブームは何年も続きます。そのブームをつくったのは力道山。力道山と言えば「空手チョップ」が有名で、相手のレスラーは力道山の空手チョップを2~3発食らうと口から泡を吐いて倒れてしまいます。そのシーンを見たくて、毎週金曜日夜8時になると、プロレスファンは、街頭テレビに集まってプロレス(テレビ放送)を観戦しました。ちなみに、力道山は、元々は相撲取りで関脇まで昇進しました。

学校給食法も公布されたようですが、学校給食と言えば、食器は全てアルミ製。メニューは、こっぺぱんに脱脂粉乳です。脱脂粉乳はまずかった。後に牛乳に代わりましたが、飲食物がまだまだ不足していた時代だったのでしょう。ちなみに、こっぺぱんが、時々揚げパンになるときがありました。砂糖がまぶししてあり、とてもおいしかったと思います。

また、女優マリリンモンローが来日した年なんですね。

歌謡曲は、春日八郎の「お富さん」、美空ひばりの「ひばりのマドロスさん」、菊池章子の「岸壁の母」がヒットしました。

邦画では、黒澤明監督の「七人の侍」、本多猪四朗監督の「ゴジラ」がヒットしました。ちなみに、1960年(昭和35年)の洋画「荒野の七人」は、「七人の侍」の舞台を西部劇に置き換えた作品です。この作品もヒットしました。

洋画では、オードリー・ヘプバーン主演の「ローマの休日」がヒットしました。「ローマの休日」は、いつ観ても新鮮に楽しめる作品ですが、この時代の作品なんですね。オードリー・ヘプバーンはこの時24歳です。

主な出来事

出典 http://nendai-ryuukou.com/1950/1954.html

  • 力道山などプロレスブーム
  • マリリン・モンロー来日
  • ベビーブームで小学校の新入生が100万人も増加
  • 東京・芝にゴルフ練習場が登場
  • 新宿にうたごえ喫茶登場
  • ボーイング707型機が初飛行
  • ニッポン放送開局
  • 日本民主党が結成
  • 学校給食法を公布
  • 50銭以下の小銭廃止
  • 日比谷公園で第1回全日本自動車ショー開催
  • 浅間山が噴火し関東に火山灰が降る
  • マツモトキヨシが有限会社として設立
  • 明治製菓が日本初の缶入りジュースを発売

昭和時代とは 昭和28年(1953年)

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昭和28年

NHK、日本テレビが、テレビ放送を開始した年ですが、一般の家庭にはまだテレビはありません。ラジオ放送が主流の時代です。しかし、テレビ放送の始まりは、昭和の文明開化の始まりかも知れません。この年、シャープからテレビが発売されましたが、庶民には手が届かない値段です。

また、知り人ぞ知る粉末オレンジジュースも発売されました。粉末ジュースとは、みかん味などの粉末を水に溶かして飲むというものです。ジュースとう名前がついていますが、果汁は入っていないと思います。当時はジュースという名前に規制はなく、果汁何%など意味をもたない時代です。

歌謡曲は、織井茂子の「君の名は」、菅原都々子「アリラン哀歌」、鶴田浩二「街のサンドイッチマン」などがヒットしたようです。

主な出来事

出典 http://nendai-ryuukou.com/1950/1953.html

  • NHKが日本で初のテレビジョン本放送を東京で開始
  • 日本テレビが本放送を開始(日本初の民間放送によるテレビ局)
  • 奄美諸島が日本に返還
  • 国際電信電話株式会社(KDD)設立
  • クリスチャン・ディオール来日
  • 和歌山県を中心に死者・行方不明者1,046名を出した集中豪雨が発生
  • 10円硬貨発行
  • 初のスーパーマーケット、紀ノ国屋が東京・青山にオープン
  • 日本航空が初の国際路線、東京-サンフランシスコ,東京-那覇間を開設
  • 森永製菓が東京・銀座に地球儀型の大ネオン塔を設置
  • 大阪・梅田に日本初の高層建築物「第一生命ビル」が完成

昭和時代とは はじめに

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昭和時代は「激動の時代」です。物凄い時代であったことは間違いありません。戦国時代や幕末・明治維新よりも興味を引かれる時代です。しかしながら、その昭和時代に何があったのか、どのような変化があったのか、全てを語りつくすことはできません。そもそも、昭和時代は、西暦何年から何年になるのでしょうか。昭和64年まで続いたことは知っていると思いますが、正確な年月日はどうでしょう。1926年12月25日(昭和元年)~1989年1月7日(昭和64年)が昭和時代になります。多分、二十代までの人は少し古い時代と感じるでしょう。でも、そんなに古い時代ではありません。今生きている日本人の70%くらいの人が昭和時代を生きています。

さて、昭和時代は、よく戦前と戦後に分けられます。それは、日本にとって戦争の有無は大きな意味をもち、世界的にも戦前と戦後では時代背景が大きく変化しているためです。日本の歴史にとって戦前は重要な時期であり、忘れてはならい出来事も沢山あります。しかし、今回、昭和時代を振り返るにあっては、敗戦国として日本が生まれ変わった昭和20年以降が相応しいと感じています。特に今の日本を築いた高度成長期、昭和30年以降の出来事は、その時代を生きた人には懐かしい思い出が蘇ると思います。また、若い世代の人には、驚きや感動を与えられるかも知れません。

具体的には、政治、経済、仕事、生活(衣食住)、ライフライン、道路、鉄道、家電製品、自動車、店舗、通信、歌、スポーツほか、いろいろな切り口で発展の状況やエピソードを確認することができます。

とは言え、歴史書を読むように隅から隅まで振り返ることは困難です。ざあーとまとめて、簡単に振り返る程度がよろしいでしょう。さあ、昭和時代、戦後の幕開けです。

 


昭和の生活2

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今じゃ考えられない昭和の生活◆58

正月で思い出したけど、車のナンバープレートのところに
車用のお飾り付けてる車たくさんいたよね。今見ないけど。

 

うちの地方(九州)ではまだわりと見るよ。田舎に行くほど残ってるんじゃないかな。今年の正月、1台だけ見かけて「おお、まだいるんだ」と妙に嬉しかった。

 

そうそう!つけていたね。でさ、そこに小さなミカンがくっついていたww

 

ミカンじゃなくてダイダイだったんだろうけど
お正月すぎると、たまに道端に転がっていたりした

 

車のエンジンを掛ける時には、ダッシュボードのチョークレバー(orノブ)を引きガスペダルを少し踏みつつセルモーターを廻した。 

普段乗っている車は素早くエンジンを掛けられるが、車に個体差があるので初めての車の時は加減が判らず長めにセルモーターを廻しがちだった。
たまによその車を使う時はセルモーター廻し過ぎてバッテリー上げないようにと緊張した。
エンジンが暖まった頃にチョークレバーを元に戻した。

 

そういや、チョーク付いた車って無くなったねえ
今でもダンプとかは付いてるんだろうか?
トラックにオートマとか信じられない時代になってるねえ
オートマも、トルコンって言ってたっけ・・

 

そーいや、昔のクルマってキャブレター噴射だったからバイクと同じなんだよねw

 

キャブレター自体が二輪を含めほぼ絶滅したので、もうチョークはないねえ。カブまでインジェクションだ。 ダンプはディーゼルが多いので、昔からチョークはなかったよ。

 

えっ?バイクもうチョークないの? 降りて10年だから知らんかったわ。
寒い冬の朝のエンジンかけはチョーク引いてたなぁ。キャブレターはよく詰まらせていた。

 

Z750GP あたりが最初だったかな。もう30年位になるもんなあ。当時違法無線積んでる
トラック(これがもう昭和だな)が横で通信すると暴走するとかいう噂があった。

 

俺のZ400GPは、勿論キャブだったから無問題だったけどね。

引用元: http://www.logsoku.com/r/2ch.sc/kankon/1442410718/


昭和の生活1

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今じゃ考えられない昭和の生活◆58

ちょっと前のことなのに、今じゃ考えられないことをしてた・・みたいなことありますよね。
都会だけど鍵を開けたまま寝てた、とか。
若い人には信じられない、古い人にもそうだったなぁ・・・と思わせるような事。
そういう事実を書いてください!
基本的に、特に皆さんがよくご存知の昭和に限定させていただきます。

昭和をよく知っている人は、懐かし話になるかも。

 

マタ~リと参りましょう。
 | チャンネルも電話もラジオのダイヤルも  |
 | 車のウィンドーも回すものだぞゴルァ!!   |

電話のダイヤルを回す話だが
電話機の横にレバーがついていて
それを回して電話をかける。
ってのを経験した人って少ないんだよなぁ
俺は経験あるけどw

 

続けて失礼
手動式電話だが
団塊の世代だと、子供の頃に見たことがある。と言う人はいるが
昔だと、子供が電話機を使うのはNGと言う風潮だったし。。。
都市部で電話の自動化は早い段階で進んだし
農村部に電話が普及するころは自動電話だし
なので
農村部で早めに電話を入れた家庭だと
手動式電話機なんだが、そういう家は少なかった。

 

黒電話のダイヤル、回転の速度が二種類ある。
早いのと遅いの。
そんな黒電話のパルス発信だが、なんと光電話でも使えるんだ。
トーン受けるのもパルス受けるのも変換機構としてはあんま変わらんということか
ISDNでは使えなかったんだがなあ。

 

高度成長期の日本の状況

・ハワイが一生に一度いけるかどうかの夢の国
・パイナップルの缶詰がぜいたく品
・うなぎ、マグロ、牛肉は庶民の口にはめったに入らない。
・お菓子といえば、焼き米、かきもち
・川は公害で真緑色、海は赤潮で赤色。背骨がグネグネの魚が取れる
・発がん物質DDTを頭からぶっかけ。今は使えない危険な農薬も使いまくり
・公害病が各地で大発生、交通戦争、受験戦争
・どぶ川はメッキ工場の青酸廃液できれいなエメラルド色がデフォ
・とにかく街中工場排煙とドブ泥、腐敗臭が満ちていた
・クラスに2-3人は小児喘息をかかえた同級生がいた
・ジュースの素はなぜか陽の光に当てると色が消えた
・粉末ジュースは甘くて苦かった
・電車に乗ると超汗臭いオヤジが必ずひとりは乗ってた
・集団予防接種の針は使い回し
・ビルの基礎工事で昼間は杭打ち機が一日中コーンコーン
・台風が近付くと大概は停電もセットで発生
・国鉄はほぼ毎年ストライキで運休する日があった

引用元: http://www.logsoku.com/r/2ch.sc/kankon/1442410718/

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